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2007年 年頭の所感

2007年 年頭の所感

浜松オンコロジーセンター長 渡辺亨

ふえる乳癌

 乳癌に罹患する日本人女性は、年間約4万人と推定され、その数は、増加の一途をたどっています。乳癌は、いわゆる「欧米型」の疾患とよく言われ、日本などのアジア諸国に比べ、欧米諸国での罹患率が高いことが一つの特徴として挙げられます。アジア系移民を対象とした興味深い研究もあります。日本人、韓国人、中国人などのアジア人女性では、本国での罹患率は、人口10万人あたり10−15人程度と低いのですが、ハワイやカリフォルニアに移住したアジア系女性の乳癌罹患率は、子、孫の代と、世代を重ねるに従って次第に高くなります。カリフォルニア在住の日系3世女性の乳癌罹患率は、人口10万人あたり、60−80人と、白人女性と同じぐらいとなります。このように、日本人であること、という遺伝的原因よりも、日本に住んでいること、あるいは日本的な生活を送っていること、という環境的原因が乳癌の罹患率に強く影響しているということがわかります。

大切なことは予防

 日本人で乳癌が増えていることを加味して考えると、日本人女性における食生活の変化、あるいは、生活様式の変化が、乳癌罹患率増加の重要な要因と考えられます。乳癌罹患率に影響を与える要因としては、高カロリー、高脂肪食の摂取、肥満、アルコール摂取、などが挙げられますし、初潮年令が若い、閉経年令が高齢、出産数が少ない、初産年令が高齢、など、現代日本人の生活スタイルが、そのまま、乳癌罹患率の増加に反映されているような印象も受けます。このように、乳癌罹患率の増加は、食生活の改善、定期的有酸素運動の励行といったライフスタイル乳癌の予防、それと検診による早期発見のますますの重要性を物語っています。

初期治療

 乳癌に罹患すると、手術、放射線照射などを用いた局所治療や、抗癌剤ホルモン剤などを用いた全身治療が行われます。治療の目的は病気を完全に治すこと、そしてこの時期に行われる治療を初期治療と呼びます。治療方法は決して画一的ではありません。病気の広がり、癌の持つ性格、患者さんの体質など、さまざまな情報を元に決定していきます。手術、抗癌剤、放射線治療、ホルモン剤、ハーセプチン治療など、それぞれの治療の持つ意味、メリット、デメリット、副作用など、多くの事を理解しなくてはいけません。

フォローアップ期間

 初期治療が終わっても病院と縁が切れるわけではありません。長期間内服するホルモン剤をもらいに行ったり、その副作用を検査したり、再発を時々チェックしたり、と、定期的な通院は欠かせません。この時期になると、手術を受けた病院から自宅の近くの診療所やクリニックへ通院することになります。特に心配となるような症状がなければ、あまり大がかりな検査はする必要はありません。分からないことがあれば遠慮なく担当の医師に尋ねましょう。

再発・転移

 初期治療が終了してから10年以内に、約4割の患者さんは他の臓器に乳癌が転移することがあります。また、初期治療が終わったから“再び”乳癌がぶり返した、ということから再発と呼ぶこともあります。転移、あるいは再発、いずれの呼び方をするにしても、その場合、症状を伴わないことの方が多いです。また、転移、再発治療の目標は、症状を和らげる、症状が現れる時期を先送りするということが主です。他の臓器に転移がある場合、治療は全身に効果が及ぶ治療を選ぶことになります。つまり、抗癌剤、ホルモン剤、またはハーセプチンといった薬物療法が治療の主役になります。そして抗癌剤の場合、その副作用についての正しい理解が必要です。

日常生活、社会生活

 乳癌になっても、発病前と同じような生活を送ることが大切です。子育てや家事、ご家族やお友達とのふれあい、そして仕事を持っている方の場合には、その仕事を従来通りに続けたいと思っている方は多いでしょう。また、同時に、そうは言っても治療に専念するために仕事は辞めた方が良い、子供の教育も親戚にゆだねた方がいい、などと思っている方も多いです。正解は、「今までどおりの当たり前の生活をすること」なのです。日常生活や社会生活を犠牲にして、がんと闘うというイメージはもはや実情にはなじみません。

あたり前の生活を送るための二つのポイント

 あたり前の生活をする、そのためには、自分の力ではどうにもならない重要なポイントがあります。


 一つめは病院です。確かに、大都会にいけば乳癌診療を専門とする大病院がいくつもあります。しかし、そこはどこも患者さんでごった返し、予約を取ってから診てもらえるまで2ヶ月以上かかる場合もあります。始発の電車に乗ってたどり着いても診察まで3時間待ち、そして2〜3分の診察の後、また2時間待ってやっと抗癌剤点滴、また、電車に揺られて自宅に戻るのは深夜に及ぶ…。こんな通院をしている患者さんも多いでしょう。しかし、これではいくらふつうの生活を、といっても無理ですね。生活を犠牲にしなければ病院通いもできません。もし、あなたの町内に癌診療専門のクリニックがあったらどうでしょう。自宅から自転車で数分のところにあって、いつでもすぐに診てくれる。外来で抗癌剤治療をやってくれる。副作用がでたり心配なことがあったりするときは、朝でも夜でも行けばすぐに診てくれる、ちょうど、街のコンビニのような便利さで、大きくはないけど一通りの設備はそろっている、腫瘍内科医がきちんと対応してくれる、看護師、薬剤師も専門的に訓練されている。こんな便利な診療所、クリニックが今、あちこちで産声を上げています。その第一号が、浜松オンコロジーセンターなのです。


 二つめ、それは乳癌診療について分からないことは何か、も、分からないような情報不足の状況では正しい情報がとても大切です。大病院に行っても自分の後に何十人もの患者さんが待っている、先生も忙しそうに病棟、手術室、外来の間を行ったり来たりと、椅子が暖まる暇もないような状況では、分からないことがあってもとても質問などできません。では、どうやったら知りたいことを知ることができるでしょうか。情報を得るための仕組みがなくてはなりません。インターネットでもいいですが、必ずしも正しい情報ばかりとは限りません。効果を信じて高価なアガリクスを飲んだら、劇症肝炎で亡くなった患者さんがいます。健康食品は、決して健康にはなれません。そこで、浜松乳癌情報局を活用して頂きたいと思います。

浜松乳癌情報局

 情報が不足している乳癌患者、外科の片手間に乳癌診療に携わっている外科医、乳癌の看護についてもっと知りたい看護師、乳癌治療薬を勉強したい薬剤師など、乳癌に関わる人々に、正しい情報を、分かりやすく、タイムリーに提供する、それが浜松乳癌情報局の目指すところです。


浜松乳癌情報局では、次のような活動を行っています。

市民公開講座:

平成18年2月19日(日曜日)、平成18年8月19日(日曜日)、平成19年2月19日と、年2回、「あなたの疑問に何でも答えます」を基本コンセプトとして、市民講座を開催しています。毎回、250名前後の方が参加されています。


浜松乳癌カンファレンス:

浜松市と周辺市町村に居住する乳癌の患者さんに最善の医療を提供したいと思い、このカンファレンスを計画しました。また、外科医、内科医、放射線科医、放射線診断医、緩和医療医、病理医および薬剤師、看護師、臨床検査技師、CRCなどの医療職が、実際の乳癌診療での諸問題を通じて知識と理解を深め、共有することも目指したいと思います。


 カンファレンスは、症例検討を基本としたいと思います。ほめ殺しや、傷のなめあいのような症例検討ではなく、参加者全員にとって役立つような検討をしたいと思います。ときには徹底的議論になることもあるでしょうか、それは勉強の場での熱心さということで、感情的なしこりは残さないように配慮したいと思います。

 関連するテーマについて、まとまった勉強ができるように講演、シンポジウム、パネルディスカッションなどを盛り込んで行きたいと思います。あまり形式にとらわれる必要はありませんので、日ごろ感じている疑問など、何でも発言していただきたいと思います、参加者が双方向的に討議できるような場所と雰囲気をご提供いたします。


 症例検討は、まさにEBMの実践の場であると思います。エビデンスが確立されている問題、領域では、エビデンスを有効に使う、つまり、良い治療を患者さんに提供することが大切です。エビデンスを伝えることも大切です。相互の情報交換や、有益なweb site、教科書、文献などの紹介も役立つことでしょう、そしてエビデンスを創ること、すなわち、このカンファレンスを足場にして、臨床試験を行うことも企画していきたいと思います。


 浜松乳癌情報局は、今年NPO法人としてさらに機動力を充実させます。上記の事業の他に書籍の出版、情報審査など、乳癌診療の質的向上を目指し活動していきます。よろしくご支援の程、お願いいたします。